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【投稿者】
beachmollusc
【関連海岸】
茨城県大洗海岸
【投稿内容】
鹿島灘に建設されたヘッドランドの数や様子をGoogle Earthでながめていて、大洗海岸のT字突堤が砂中に埋もれていることに気がつきました。
そこで、国土地理院と海上保安庁が撮影してネット上で公開している空中写真をチェックしました。

GISのHPから1974年と1980年、1986年のカラー写真を見ることが出来ます。
http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/index.html
写真を見ると、1980年までに大洗港の防波堤ができていますが、後に埋没ヘッドランドとなる突堤は1980年と1986年の間に建設されています。これらの構造物の位置関係から、1992年と1999年の写真の比較でそれぞれの汀線の位置を推定しました。
1992年と1999年の海上保安庁の空中写真の閲覧サービスのサイトは:http://www4.kaiho.mlit.go.jp:8082/Air_code/INDEX/s_index00.htm
1986年からGoogle Earthの2006年までの20年間の汀線変化を写真の上に描きました。この間に海岸線は200m足らず海側に広がっています。ほぼコンスタントに1年に10m近い速度で砂浜が広がってきました。
この汀線移動は沿岸漂砂が北向きに極めて強いことを反映させているようです。1980年の空中写真で堤防の両側の砂の堆積状況を見れば良くわかります。
2006年の写真を見ると、埋没したT字突堤(ヘッドランド)は排水路の片側の護岸として「活用」されています。
大洗海岸にコンスタントに堆積し続けている砂は、おそらく南側からの沿岸漂砂が続いていることを意味するでしょう。つまり、南側にずらりと建設されている突堤群に遮られることなく砂が流れて運びこまれることが続いているものと想像されます。
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