大洗海岸の汀線変化
投稿日時:2009年01月15日 09:36投稿日時:2009年01月15日 09:36
カテゴリ:茨城

【投稿者】
beachmollusc

【関連海岸】
茨城県大洗海岸

【投稿内容】
鹿島灘に建設されたヘッドランドの数や様子をGoogle Earthでながめていて、大洗海岸のT字突堤が砂中に埋もれていることに気がつきました。
そこで、国土地理院と海上保安庁が撮影してネット上で公開している空中写真をチェックしました。

09011501_01.jpg

GISのHPから1974年と1980年、1986年のカラー写真を見ることが出来ます。
http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/index.html
写真を見ると、1980年までに大洗港の防波堤ができていますが、後に埋没ヘッドランドとなる突堤は1980年と1986年の間に建設されています。これらの構造物の位置関係から、1992年と1999年の写真の比較でそれぞれの汀線の位置を推定しました。
1992年と1999年の海上保安庁の空中写真の閲覧サービスのサイトは:http://www4.kaiho.mlit.go.jp:8082/Air_code/INDEX/s_index00.htm

1986年からGoogle Earthの2006年までの20年間の汀線変化を写真の上に描きました。この間に海岸線は200m足らず海側に広がっています。ほぼコンスタントに1年に10m近い速度で砂浜が広がってきました。

この汀線移動は沿岸漂砂が北向きに極めて強いことを反映させているようです。1980年の空中写真で堤防の両側の砂の堆積状況を見れば良くわかります。

2006年の写真を見ると、埋没したT字突堤(ヘッドランド)は排水路の片側の護岸として「活用」されています。

大洗海岸にコンスタントに堆積し続けている砂は、おそらく南側からの沿岸漂砂が続いていることを意味するでしょう。つまり、南側にずらりと建設されている突堤群に遮られることなく砂が流れて運びこまれることが続いているものと想像されます。

この記事へのコメント:6件 関連記事(トラックバック):0件

諏訪義雄さんのコメント(2009年01月20日 18:17)

・大洗港の施設整備と堆積・侵食等の地形変化の関係については、三村ら(1991、1987)の測量結果を中心にした考察、堀川ら(1983)、針貝ら(1981)の現地での毎週の測量等の観測が報告されています。
・施設の整備経緯としては、西防砂堤が1977年から建設され順次沖にのばしていったこと、沖防波堤が1980年から、第一小突堤が1980年から1983年にかけて、第二小突堤が1984年から建設されており、西防砂堤と第一小突堤の間の19万m3の養浜は1984年に実施されています。

・西防砂堤、沖防波堤の建設により遮蔽域が形成され、南側海岸の砂が北側に運ばれて侵食域が南に広がり粒径が汀線付近では中央粒径0.3~0.35mmに粗くなっていくとともに、西防砂堤の南側には中央粒径0.25mm程度の砂の堆積が、沖防波堤背後や等では0.1mm程度の細砂の堆積が進んでいったこと、漂砂移動の限界水深7m程度より深い水深6~12mの領域でも堆積が生じていることがわかります。

三村信男・加藤始(1987):大洗海岸における近年の地形変化と沿岸漂砂量 第34回海岸工学講演会論文集

三村信男・加藤始他(1991):大洗における港湾構造物の建設に対する海岸地形の応答 海岸工学論文集第38巻

堀川清司・宇多高明他(1983):構造物周辺の地形変化の観測 第30回海岸工学講演会論文集

針貝聰一・宇多高明他(1981):大洗海岸における地形変化の観測 第28回海岸工学講演会論文集

http://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00008/index.htm

・最近までの鹿島海岸含めた広域の地形変化及び鹿島海岸に建設されているヘッドランドの効果については、地形変化に加えて粒径の異なる砂が分級していくことをシミュレーションできるモデルを用いて木村ら(2006)、勝山ら(2007)が検討しています。

・木村ら(2006)の航空写真からの解析によれば、大洗港周辺では1964年から2002年までに最大700m汀線が前進している一方、大洗港から鹿島港の間の海浜中央部では汀線が全体的に薄く削り取られています。

・海岸域の深浅図による地形変化解析からは、1984~2005年の20年間で大洗港付近では約500万m3の堆積が、鹿島港付近では約300万m3の堆積が、鉾田海岸からは約100万m3の土砂が失われています。底質の粒径解析からは、波の遮蔽域での堆積土砂は粒径0.1mm程度の細砂で構成され、侵食域では粒径が大きい傾向にあります。

・勝山ら(2007)は、鹿島港周辺の土砂堆積状況を解析し、鹿島港北側海浜から鹿島港遮蔽域への堆砂量を算出しており、1981~1999年で約1400万m3(上記300万m3を含む)の堆積が生じたことがわかりました。これを境界条件に反映して再現計算を行なってモデルの妥当性を確認した後、鹿島港と大洗港の間でヘッドランドがある場合(現況)とない場合について、1984年から2002年までの18年間の海浜変形のシミュレーションを行って侵食・堆積量の差異を比較しています。

・その結果によれば、侵食・堆積量の差異は「それぞれ、約710万m3、800万m3であり、約800万m3の土砂がHL(ヘッドランド)によって移動制御され、侵食と港内堆砂を防止する結果となった。ヘッドランドは漂砂を制御するとともに侵食を軽減し、同時に港内堆砂を防止する効果があることが明らかである。現在までにHL(ヘッドランド)を建設していなければ、侵食域の拡大と港内の航路埋没がさらに深刻化していたことになる」と結論づけています。

木村泉・佐田明義他(2006):地形・粒径変化予測モデルによるヘッドランドの漂砂制御効果の定量評価 海岸工学論文集第53巻

勝山均・松浦健郎他(2007):鹿島灘海岸の侵食の実態と変形予測 海岸工学論文集第54巻

・大洗港の沿革、港湾計画については、下のURLで参照可能です。港湾の概要にあるとおり、この場所では、明治42年から大正初期にかけて当時としては莫大な投資によって旧磯浜港の建設が行なわれましたが、漂砂のため港内が埋没し港湾機能を発揮するに至らなかったという経緯があり、漂砂に悩まされていました。

http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/doboku/01class/class30/youran2008.html

・大洗港の沖防波堤等の遮蔽域に細砂が運ばれて集中的に堆積するという現象が鉾田海岸に至る広域の海浜に影響が及ぶ大規模なものであることは、上記のような長い年月の追跡調査の積み重ねによりわかってきました。

・木村ら(2006)も指摘しているとおり、これらにより、港内で砂が過剰に堆積して航路埋没が生じる一方、南側の海岸では侵食が進み砂浜が消失するとともに、底質の粒径が変化して鹿島灘を代表するチョウセンハマグリなどの魚介類の生産量が激減しているという課題が生じています。

・現状をこれ以上悪化させないため、大洗港周辺に堆積した砂のサンドリサイクルなどが検討されているところです。

関連URL:
beachmolluscさんのコメント(2009年01月21日 09:29)

諏訪さんのご説明で、見ていて不思議だったことの一部は理解できましたが、あらたな疑問が浮かび上がりました。

まず、防波堤ではなくて、防砂堤ということであれば、もともと漂砂を止めるための構造物として設計されたと理解できました。そして、積み重ねられた観測データがあり、砂の堆積速度が港湾建設に先立って、あらかじめ予測されていたこと、さらに明治時代以降の港湾建設の経験で現場の堆積の「激しさ」が認識されていたが、その問題は海岸工学的に克服できることを前提にして防砂堤を「天然の悪港」をあえて建設したという流れですね。

空中写真で見ると、30あまりの人工ヘッドランドがその近接した周辺の部分で砂の堆積状態を見せていますから、その分が漂砂から足止めされたことも理解しています。示された報告から、量的には約半分が止まっているということでしょうか。本質的な問題は、スピードは落ちても一方的に流れ続けることなので、リサイクルなどが必要になっている、という結論ですね。

理解できないことは、なぜ砂浜に「埋没」することがあらかじめ予想されていたはずの突堤を防砂堤のすぐ南に建設したのか、さらに、それを埋没がまじかになってから「ヘッドランド」型に先端部を改造したのか、ということです。

1940年代からの空中写真で時系列的に見れば、1980年代初頭の時点でこの突堤を建設することの無意味なことがわかっていたはずです。

>現在までにHL(ヘッドランド)を建設していなければ、侵食域の拡大と港内の航路埋没がさらに深刻化していたことになる」

これですが、建設した費用対効果は計算されているのでしょうか。建設しても「深刻」な問題が続いていることは事実であって、軽減されているとされた貢献の程度はどのくらいなのかわかりません。

これとよく似た議論が「松枯れ問題」で行われています。薬剤散布をしなければ松枯れが広がる、といわれて、全国的に続けられ、結局は多くの場所でトコトンまで松枯れが進みました。それをやっていなかったらもっとひどかった、という議論は、ひどい結末が少し先送りされただけ、のように思えます。

もう一点ですが、
>漂砂移動の限界水深7m程度より深い水深6~12mの領域でも堆積が生じていることがわかります

限界水深とされている水深は平常時、つまり嵐による波浪が無い状態での「穏やかな」沿岸流による砂の移動限界の水深と考えてよいでしょうか。

限界水深は場所により、波浪環境や地形により変化すると想像していますが、海岸工学では、どこかで観測された少数の例をもとに一般化された数値を使っているように思われますが、違いますか。

鹿島灘沿岸は海底地質調査が詳しく行われていると思います。この海域の堆積環境や海底の流れの実態も相当詳しくわかっているはずですが、諏訪さんが紹介された報告だけでしょうか。

鹿島灘海底地質図 <海洋地質図 No.27> 産業技術総合研究所 

これは沖合いだけですが、大陸棚部分の状況がかなり読み取れます。

津幡紀昭、大嶋和雄(2000),鹿島灘ヘッドランドの漂砂制御効果,日本応用地質学会研究発表会講演論文集,2000,321-324.

日向野崇、大嶋和雄(2001),鹿島灘海岸の沿岸浸食と堆積物分布,日本応用地質学会研究発表会講演論文集,2001,67-70.

検索によって上のような報告も見つかります(本文は見ていません)。応用地質の研究者と海岸工学の研究者は情報交換を続けているのでしょうか。諏訪さんがこれらの文献を示されていなかったので気になりました。

関連URL:
諏訪義雄さんのコメント(2009年01月23日 19:45)

ご紹介した論文の「積み重ねられた観測データ」は、建設中の時期やその後の調査で得られたものであり、あらかじめ予測がなされ、そのとおりに堆積や侵食が起こったとしているものではありません。工学的な予測には自ずと限界があることから、港内や航路への堆砂状況や周辺の地形の変化を見ながら防砂堤の延伸、第1小突堤の先端改造、海岸保全施設の整備等の対策をアダプティブに行ってきたものと思われます。

深浅測量データが豊富な海岸では、断面図を重ねて描くと移動限界水深より浅いところは変動幅が大きく、それより深いところは変動幅が小さくなっていることが多いので、その海岸の地形変化の移動限界水深を読み取ることができます。
水理学的には波の作用によって底質の砂が動く限界の水深が移動限界水深ですから、波による駆動力(波高や波長)と抵抗力である砂や砂利の粒径で決まるもので、算出する数式もあります。
具体的な海岸の長期的な海浜の変化を検討する上では、深浅測量の断面図重ね合わせから読み取る移動限界水深が重要です。
この水深の意味するところは、静穏時の波で動いている範囲ではなく暴浪を含む波浪による漂砂が海浜変形に影響を及ぼしている移動限界水深です。

文献のご紹介ありがとうございました。ご紹介いただいた文献までフォローできておりませんでした。今後、引き続き研鑽していきたいと思います。

関連URL:
KHさんのコメント(2009年01月23日 20:37)

諏訪さん、どうもコメント有難うございます。
種々の論文を引用されていますが、特に以下の部分が気になります。
*********
・その結果によれば、侵食・堆積量の差異は「それぞれ、約710万m3、800万m3であり、約800万m3の土砂がHL(ヘッドランド)によって移動制御され、侵食と港内堆砂を防止する結果となった。ヘッドランドは漂砂を制御するとともに侵食を軽減し、同時に港内堆砂を防止する効果があることが明らかである。現在までにHL(ヘッドランド)を建設していなければ、侵食域の拡大と港内の航路埋没がさらに深刻化していたことになる」と結論づけています。
*********
ヘッドランド周辺は堆積傾向ですから侵食を軽減しているのは確かに認めます。
しかし、港内堆砂防止効果については、即有効と結論付けるのは如何なものでしょうか?
①ヘッドランド設置前の浚渫土砂量(5年分)
②ヘッドランド設置後の浚渫土砂量(5年分)
①と②の数値を比較しないと、意味がないのでは?

これら国交省と関係の深い海岸工学系の専門家、学識が論文を執筆するあたり、調査が必要ですが、費用の負担元はどこですか?全てボランティア的自弁行為の調査ですか?
あまり関係のない海洋学、地理学、生物学、環境学、地質学等の専門家や学識の論文も引用して頂かないと、不公平です。

最後に、このヘッドランド事業の目的には「港内堆砂防止」という文言は、一言もありません。後付けの目的ですか?

(1)大洗港の港湾整備について
大洗港の「天然の悪港」論はbeachmolluscさんと同じです。
ただし、人力船(漁船)の江戸期以前は「天然の良港」の良港です。

第一小突堤(後にヘッドランド化)、第二小突堤の設置理由は何ですか?
当該地は、漂砂により堆積傾向であることが判っていたのに…。
設置理由が侵食防止は理由になりませんよね。
西防波(砂)堤と第一小突堤の間の19万m3の養浜の意味は、目的は?

(2)航路維持のための浚渫の費用負担元は? 全て、県負担ですか。

(3)サンドリサイクルの検討は? 県レベルで検討しているのですか?

(4)鹿島港付近の堆積場所とは?港のどちら側ですか?

(5)港湾局と河川局の連携は旨くいっているのでしょうか?
大洗港(港湾区域)は港湾局管轄、鹿島灘海岸(ヘッドランド設置部)は河川局の管轄です。

関連URL:
beachmolluscさんのコメント(2009年01月24日 18:27)

>西防波(砂)堤と第一小突堤の間の19万m3の養浜の意味は、目的は?

これを想像すると、港内航路浚渫で出た砂を手っ取り早く、近場で(運搬コストが生じないように)処理する(捨てる)ために、「アダプティブ」に実施されたものでしょう。

諏訪さんは海底の深浅測量のデータについて言及されたものと理解しましたが、堆積履歴について調べるためにコアサンプルから粒度分析を行い、構造物の建設に応答した空間変化を見ることが重要だと思います。

私が移動限界水深について質問した意味は、外洋の波が寄せている海岸では20mよりも深い場所でも海底で流れがあり、砂が流動していることを無視できないのではということです。諏訪さんが紹介された情報の矛盾:「漂砂移動の限界水深7m程度より深い水深6~12mの領域でも堆積が生じていることがわかります」、つまりこれが説明されていなかったための質問でした。

関連URL:
諏訪義雄さんのコメント(2009年01月29日 17:59)

既往論文を引用した私の1/20及び1/23のコメントに関連してご意見・ご質問をいただいておりますが、直接に携わっていないことに関してお答えすることには限界があること是非ご理解いただきたいと思います。その上でいくつかコメントさせていただきます。

私は、仕事柄なじみの深い海岸工学・海洋開発中心の論文・文献の紹介が中心となります。幅広い分野の有用な論文・文献をこのウェブをご覧になる多くの方々で共有することは有意義なことと思いますので、投稿者の皆様の協力いただきながら充実していくことができるとありがたく存じます。

漂砂制御を目的とするヘッドランドの下手側港湾遮蔽域において、結果的に漂砂の堆積軽減効果があることは理に適っていると思います。

サンドリサイクルの検討は、海岸保全事業者と大洗港関係者の間で行なわれていると聞いております。

ご紹介した論文「勝山均・松浦健郎他(2007)鹿島灘海岸の侵食の実態と変形予測 海岸工学論文集第54巻」で鹿島港北側海浜から鹿島港遮蔽域への堆積域としているのは、南防波堤北側及び港内です。

繰り返しになりますが、直接に携わっていないことに関してすべてお答えすることは難しいこと、ご理解いただけると幸いです。

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