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beachmolluscさんのコメント(2008年10月10日 15:44)
暴風圏を伴った強い台風が宮崎を襲った回数を1951年から2007年まで57年間の集計データを整理しました。
その間に合計22回、その内訳:0回の年は40、1回が13、2回は3、そして最大の3回が2004年度であった [1951, 1954(2), 1955, 1961, 1964, 1965, 1971(2), 1979, 1982, 1989, 1990, 1993(2), 1996, 1999, 2004(3), 2005, 2007] (カッコ内は同一年の個数、データはデジタル台風サイトのアーカイブから抽出)。
上のように、宮崎海岸の砂丘部分までに侵食を及ぼす暴浪は続けて襲ってきてはいない。
現在の2008年度のように年間ゼロの状態が続いた継続年数は1970年代に(72-78)の7年間、1980年代に(83-88)の6年間があったように、周辺で様々な土木建設工事が盛んに行われた時代の宮崎海岸は相対的に嵐が少なかった。
2004年は日本に上陸した台風が1951年の集計開始以来の過去最多(合計10)を記録した、特異的な年度であった。宮崎には4つが接近して、そのうち3つが暴風圏を伴った。これらが海岸砂丘に強い侵食を一時的にもたらしたことは明らかである。
1990年代以降はそれ以前に比べて嵐が海岸を襲う頻度が高まっているように思われる。
宮崎市の海岸に防波堤、突堤や護岸が建設されたのは近年になってからであり、それらが漂砂の流動を乱し、波浪の回折と反射の干渉効果で特定の場所にエネルギーが集中して部分的な浸食が進み、結果的に前浜部分の砂浜汀線が陸側に後退した場所では嵐による侵食が特に進みやすくなっているはずである。このような「お膳立て」が整ってから強い嵐がたびたびやってきて新たな浜崖が生じたのだろう。
赤江浜では人工リーフや突堤など構造物が複雑な波浪環境を生じさせているだろうから、今後どうなるかの予測は難しい。しかし、人工リーフの建設が前浜の砂の堆積量を増やしたなどという主張は科学的な根拠に乏しい。つまり、その増えたとされる砂がどこからやってきたものか、そのメカニズムが説明されなければならない。砂がどこかで増えれば、その分は別の場所で減っているはずである。
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